生活保護叩きについて思うこと。
生活保護をもらっている人を敵視する人はいるけれど、
正直いつ自分がメンヘラになってもらうことになるかわからないわけで、
自分だけはメンヘラにならないと思って必死こいて叩いているのでしょう。
正直鬱病は完治しない人は全然しなかったりするので
長期間鬱病で働けなくなり生活保護をもらっている人も存在するし、
そういう人を無理やり働かせれば亡くなってしてしまうかもしれない。
ネットで多い意見としてよくあげられる
生活保護を受給している役立たずは死んだほうが、
無駄な税金が減ってよかったという人もいるかもしれない。
だけど、自分が10年鬱病になってしまう可能性も0ではないし、
自分が鬱になって働けなくなったとき、生活保護があれば、
死ぬこともなく生き延びることができるでしょう。
猫ってすごいよな
極論になってしまうけど
猫でも人間に甘えてエサをもらっているのだから
人間も生活保護をもらわずとも人にエサをねだれば生きていけたりするし
人に家に泊めてくれと頼めば家に泊めてくれる。
そういうことができない人のために生活保護はあるのだろう。
でも猫であってもエサをねだることが上手でなかったり、
エサをくれる人間に出会えなければ餓死をしてしまう。
人間社会においてもすべての人間が強くたくましく生きていけるわけではないので
生活保護で一人では生きていけない人を救う必要がある。
人間の性とは
人というのは安定を手に入れてしまうと、
頑張ろうとか努力しようとは思わなくなってしまうので、
生活保護というのはもらわないほうが、
危機感をもてるという点ではいいと思う。
社会で働いているほとんどの人が働く理由は
将来の不安やお金がないことに対する不安があるからというのがほとんどだし、
人というのは不安があるから働けるというのが現実である。
生活保護がなくなった社会はどうなるか?
生活保護がなくなれば人は鬱病だろうが、
死ぬきで生きていくしかなくなってしまうだろうし、
自殺者は増えるけれど、国の借金は減るので、
国としてはありがたいことだろうけど、
国民としてはたまったことではない。
正直仕事が辛くなってうつ病になっても仕事をし続けなければいけないし、
本当の意味での逃げ場を奪われてしまうので、大変な世の中になるだろう。
なんだかんだ職を失っても生活保護があるから大丈夫だろうと思えるだけでも
今の日本は幸せの国なんじゃないのかと感じる。
セーフティーネットがなければ、職を失うイコール死に直結する世界で
生きるということになるし、逃げられない、一生戦わなければいけないという
ことが一生頭の中によぎるのは生きにくいなと感じてしまいます。
正直会社がつぶれれば無職になり、収入源がなくなり、
貯金がない人以外は生活保護をもらわないと生きていけなくなってしまう。
そう思うと、誰しもがもらう可能性があるものなんだなと。
生活保護叩きの根本にあるもの
仕事をしていると辛いことがあるときは自分より下の存在をみつけて
罵倒して日ごろのうっぷんを晴らそうとする。
ヤフーコメントなんかの生活保護叩きもたいていはそんな理由である。
そして自分がこんだけ辛いことをしているのにあ遊んでいるやつらが許せないと
いう嫉妬心が暴走して生活保護の人を叩いているのだろうけど、
生活保護の人はうつ病になり精神的に破壊されて働けなくなってしまっている
状態にあるわけで、働けと叩かれてもどうしようもできなくなっている。
そんな状態の人を見下そうとするネット民は人間としてどうかしているし、
下をみてもきりがないから上を見たほうがいいんじゃないのかとさえ感じてしまう。
よく冷静になって考えると生活保護になって好きなことも自由できない生活よりも
自分で金を稼いで、好き勝手パワフルに生きられる方が幸せなのだから、
あえて底辺をみて叩こうと必死になるのは、どう見ても異常だし、陰険だなと。
最後に
うつ病でも生活保護をもらわずに頑張っている人がいるから
200万人程度に生活保護受給者を抑えられているのだし、
メンタルが壊れてしまった人が皆生活保護をもらったら日本は破綻してしまうだろう。
でも鬱病で自殺を考えている人は世間体とかすべて捨て去って
自殺しないためにも生活保護を受給してでも生き延びてほしいなと思う。
いまは生活保護で底辺かもしれないけれど、生きている限りは逆転するチャンスはいくらでもあるし、
病気がよくなってから一生懸命働いて税金を納めればいいんじゃないのかなと。