憲法九条を保持することが正解なのか不正解なのか僕にはわからない。

憲法九条を保持することが正解なのか不正解なのか僕にはわからない。

イスラム国 テロリストが国家をつくる時

はてなの匿名ダイアリーで憲法九条なんてとっとと改憲しろという意見があったが、邪悪な国をアメリカと一緒に倒しに行こうということも憲法九条が改正されれば当然ありえることだし、邪悪な国を本気で倒しに行きそう。個人的には邪悪な国に対する憎悪もあるけど、自衛隊員の命のことを考えると自衛隊員の命を守ることも大切なので憲法九条改正には反対。

僕には自衛隊員の友達も同級生もいるから憲法9条改正には反対。邪悪な国に友人や同級生が邪悪な国を倒すために送られたりして人質になり命を失う結果になってしまったら、ほんとに涙が止まらなくなるし、辛いから反対。

僕がそう思うってことは自衛隊員に家族がいる人は改憲されたら家族が戦地に送られてしまい、命を失う可能性だって0ではないわけだから改憲には反対だろう。

こういうことを書くと感情論でものを語るなといわれるが、感情論をもちこんでしまう。。

邪悪な国とはOOOO国なのであしからず。名前は恐ろしくて書けません。

憲法九条を改憲してもいいけれど自国に関係ない国の事情に首を突っ込んでほしくない。

テロとの戦いとかいって邪悪な国に自衛隊員を派遣してほしくない。テロをする人間がのさばるのは許せないけれど、邪悪な国を生み出した原因はアメリカにあるのだからテロとの戦いはアメリカにやらせておけばいい。日本は関係ない。

そういう姿勢を取ってくれれば日本が引き起こした戦争ではないことのために命を失う自衛隊員もいないので憲法改正もありかなと。

上記のように考えてしまうのは日本人特有の平和ボケなのかもしれない。

海外における平和の考え方。

海外における平和とはテロ組織は空爆を用いてでも壊滅させて民主主義国家を樹立させること。そのためには自国の国民が多少犠牲になっても仕方がない。それに対して日本は、海外に世界平和のために自衛隊を派遣した結果、自衛隊員が命を落とすのは平和ではないと考え方。

比べてみて思ったのは、海外では犠牲があっても国民の人権、民主主義のある国を作るためにテロを倒すことこそが平和で、日本では他国民がどれだけ苦しい思いをしようが、自国民が命を落とさなければ平和という考え方。

ということは日本国民は憲法改正議論をすることで世界平和を達成するために憲法改正をするのか、世界平和なんてどうでもいい。自国民こそすべてという意見をとるのかの究極の二択を迫られていることになる。

でも、アメリカがイラク戦争を始めて、テロの火種をまき散らして平和をぶち壊した原因であるからそんなアメリカに付き合う必要はないよというのが日本の左側の人たちの言い分である。僕も左翼なので反対だけど、世界平和のことを考えるとどちらがいいのかはわからない。

だけど、このまま邪悪な国を放置しておけば、世界平和は訪れない。

もうね、世界には平和になってほしいけど、自国民にはいのちを落としてもらいたくないので、賛成にすべきなのか反対にすべきなのかよくわからなくなってきた。。それくらい難しい問題で簡単に答えが出ない。
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安倍首相の考えもわかる。

日本人が邪悪な者たちに命を奪われたら、憲法改正して邪悪な者たちを滅したくなる気持ちもわかる。僕も日本人が邪悪な者たちに命を奪われたニュースを見たときは、邪悪なものたちに怒りを感じてしまい、憲法改正すれば邪悪な者たちを滅することができ、世界平和が訪れると本気で思ってしまった。

だけど邪悪な者たちを倒し、世界を平和にしようとすると、自国民が命を失う事態は確実におこる。

安倍首相は個人の命が犠牲になってでも邪悪な国と戦い、世界を平和にしてたくさんの命を救って人権や主権を邪悪な国に住んでいる人たちに取り戻したいから憲法改正すべきだといっているのだろう。

最後に、
憲法改正は世界の平和を取る人からしたら賛成、日本人の命こそ最優先なら反対。という個人的な主観が大きいんじゃないのかなって。僕は自衛隊に友人がいるので反対ですが。。本当に主観的理由で右翼の人たちには申し訳ない。。

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