社畜の友達は日曜日の夜がとても憂鬱だそうだ。俺は社畜になりたくないので社畜に物申す。

社畜の友達は日曜日の夜がとても憂鬱だそうだ。

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僕の友達で一日12時間働き、社畜つれえわと毎日ラインで送ってくる人がいる。
彼はいつもこう言う。
★日曜日は明日仕事だと思うと憂鬱で遊ぶ気にならない。
日曜日になると明日仕事だと思うと憂鬱で楽しいことが一切思い浮かばないそうだ。日曜日はひたすら憂鬱なので眠って過ごすのが日課らしい。

個人的に憂鬱なのはすごくわかるんだよね。
僕も社畜やってた時は仕事前の日は憂鬱でたまらなかったからね。。明日仕事だ。。行きたくねえ。またあの地獄に行かないといけないのか。あああ人生糞つまんねえ。憂鬱だわと毎日のように思っていたから。

後、会社で仕事をやっていると毎日縛られている感じがして、無職のときの何者にも縛られない自由がまったくなくなり、生きているのが全然楽しくない。

そもそも社畜の友人はとても有能でプログラミングスキルのレベルも高い。多分フリーになって本気になれば普通に食っていけるレベルの人。なのに会社をやめずに会社にしがみついている。

有能なんだから会社なんてやめて起業すりゃいいのにといつも思う。でも有能な人が会社をやめずにしがみついているおかげで、企業からしたら利益も上がるし、素晴らしいサービスもできるし一石二鳥なんだろうなとも思う。

★社畜は精神的に疲れて憂鬱なのはすごくわかるんだよね。

社畜になると基本月曜日から金曜日まで12時間拘束される。しかもひどいところになると土曜日出勤まであり、週一日12時間労働を強いられて何のために生きているのわからなくなる。結局自由がないと人は金があっても使えないし遊べないということにもつながり、お金をもらってもたいしてうれしくないという状況を作り出すのは言うまでもない。
もっと週休3日8時間労働ですむ理想的な会社はないものかね。。

★社畜は経済的には安心だけど精神的にはきつい。
社畜になれば会社に行くだけで毎月給料が20万もらえるし、精神的に安定する面もある。

フリーランスなら毎月決まった給料がもらえないので精神的には不安。しかし社畜は12時間以上働かなければいけないので、給与面では精神的にも経済的にも安心だが、労働面ではまさに地獄。ただただ精神がすり減っていくのみ。
精神がすり減ってどんなに苦しくても会社を辞めたら生きていけないと思い、毎月20万の給料にしがみつくしかないと自分を洗脳し、会社を辞められないで苦しみもがいているのが社畜。

本当に苦しみもがいているなら完全週休2日で8時間労働の会社に転職することを考えるべきだとは思うよ。それか会社をやめて半年くらい遊んでリフレッシュするか。
★なんで社畜にならないの?
なんで社畜にならないのといわれることもあるが社畜になったら好きなこともできないし、毎日あそんでくらせないのでなりたくないだけだったりする。毎日遊べないとかどんだけ苦行だよ。。すとれすで精神崩壊してまうわ。という感じで社畜にならないだけですが。自分が好きで社畜やっているんだから
おれに自分の価値感をおしつけるんじゃねえよとさえおもってしまったりすることもある。社畜も社畜で毎日大変で自分が見えなくなってしまい、自分の生き方こそ正しいと思っているからお前も社畜になれよと押し付けてくるところも割とたちが悪い。

社畜精神があれば日曜日も乗り越えられる。

誠の社畜になれば日曜だろうが成長するチャンスがいただける月曜日が来ると思うだけでわくわくして仕方がない。労働することこそ、人生であり、仕事しないで遊んでいる人生なんて何の価値もないと思っていたりする。そうなったら最後60歳まで鬼のように働いて労働と苦楽を共にしていくという人生しかのこされていない。だけど、働いているかぎりは将来は安泰だし、結婚もできるし、ローンもくめるしいいことづくしだったりするのです。なんだかんだ結婚したいとかローンくみたい、人生詰みたくないという気持ちがあれば、仕事から逃げ出しら安泰も結婚もローンもくめなくなるので、社畜にならざるえないんですよね。。まあ、社畜にならなければ並の人生もおくれなかったりするので社畜精神をもつことはありですけどね。

ワタミの渡邊美樹社長もおっしゃっていた。社畜は人生を豊かにするために働いている。

社畜になるということは人生を豊かにさせること。お金ではなく、お客様からありがとういわれることで心がうるおい、仕事ががんばれるのだとか。ありがとうと言われてもお金がたくさんもらえなければ、ほしいものも買えないし飯もくえないので、到底幸せにはなれないとおもうんだけど。しかも、どんだけ会社のために尽くしても取締役になれる可能性なんてほとんどないのだから、役職にこだわる人は社畜なんてやめて起業して社長になったほうがいいよ。社畜は社会の歯車として頑張っていて働いているとき俺ちょー頑張っている人生充実していると思っているかもしれないが、不景気になれば会社を首にされていままで積み上げてきたものをすべてうしなってしまう。そういう危機が起こりうることも考えて、社畜的しこうをとっと捨てて自分で金を稼げるようになったほうがいい。やっぱり収入源を複数にしておけば会社をクビになっても飯も食っていけるので、心に余裕ができる。そう考えるとワタミのように会社のためだけに働けと言われてもなあと思うわけです。。

社畜は恐ろしい。

私は新卒の時就職しないでアルバイトでいたのだけど社畜の友達が正社員にならないのか?と毎日メールをおくってきた。余計なお世話だ。俺にはおれなりの人生設計があって好き勝手生きているんだからお前の価値観をおれにおしつけるんじゃない。本当に社畜というかたくさん働きたくないからフリーターフリーランスでいるわけでそのことにさっさと気付この野郎と思うわけです。

本当に社畜になったからといって幸せに離れないし、働けとメールを送ってきたやつとは同族意識が芽生えて仲良くできるかもしれないが、それは、相手の立場があっても人間関係なので本当にすばらしい人間関係というかといえばそうではない。本当に大切な人間関係とは相手が無職wwでも優しく包み込んでくれる人間関係ではないだろうかと思ってしまう節がある。

僕が社畜を辞めた理由。

基本的に毎日8時に起きて毎日10時間働くという生活をすることがむりだったから。毎日明日も行かなければいけないという強制制が僕には会わなかったし、無理だった。毎日遊んで暮らしたい。そういう思いでブロガーになったけど、ブログ業界で生き抜こうにも毎日記事を書かないといけないのでそんなに甘いものではなかった。自分がおもっているほど、フリーランスは甘くないし、ブログのアクセスも簡単に伸びずに収入もゴミカスレベル。だけど、
俺はブログで食っていくんだという強い意思をすてずに持っていたので、諦めずに頑張っていたらどうしたら検索順位を上げれるのだろうということにきづいてから月収30万を一年で達成していまは毎日自由に生きている。そのことから会社をやめて本当の意味でおいつめられることで見えてくることもあるんだなということを学んだし、人間というの追い詰められることで真価を発揮する。

人生は甘くないよという社畜。

人生甘くないよと自慢げにいう人もいるけれど、甘くないから一生会社にしがみつづけて自分のやりたいことをしない人生に何の価値があるんだ?と疑問に僕は思うし、甘くないといってやりたいことをしないで我慢するって、夢をかなえる能力がないと自分で言っているようなもん。そんないいわけばかりしていると組織の中でしか通用しないマニュアル人間にしかなれない。嫌なことはしない好きなことを全力で頑張っている人のほうが人生成功しているイメージがあるけどなあ。結局言い訳をして会社にいくだけで楽して金をもらえるから社畜をしているだけなんじゃねえのといいたい。

後、もう一つ言うと逃げつづけたから見える世界もあって社畜はおれには無理だからブログしか俺にはないと思って本気でブログをかいて月収4億とかっ普通にいることからして一つの価値観に縛られるって本当にくだらねえよなあと思うわけです。価値観に縛られずにもっと自由に生きていけばいいんじゃねと思う。価値観に縛られている人間のたどり着ける先は役職という餌を会社にもらって、高い給料に満足するだけ。役職があるということは責任もあるので、誰よりも仕事をしなければいけないのでなんでおれこんなに仕事をしているんだろう?というふうにもなりかねない。そうなりたいなら社畜でいいしなりたくないなら社畜なんてとっととやめて自由になるべきなんじゃないのかなと僕は思いますけどね。

自分の信じている道を行け。人生諦めなければ何とかなる。社畜の妄言につきあうな。

自分がただしいとおもうことをどんどんやればいいと思うし、社畜の社会人経験があああああああああああああああという意見をまともにきいて3年も就職していたら成功するチャンスを逃しかねないし、チャンスが転がっているなら今すぐつかみに行くべき。そうすれば絶対に成功できると思う。ユーチューバーで成功している人だって目の前に転がっているチャンスをしっかりと拾えたから成功できたわけで、拾えていなければ成功できずに、今もニート。
ニートと社会の成功者の違いなんて微々たるもんで二ートは何事にも挑戦しなかった負け組で成功者は最後の希望に本気でむきあったヒトで、好きなことに本気に向き合えたかの違いしかない。ということはニートでも好きなことに向き合えば成功できる可能性が格段に跳ね上がるわけで好きなことに向き合っていくのも悪い選択じゃないよねということにもなるからね。

個人的に僕もブロガーだからいうけれど、ブロガーで成功するために必要なのはSEO知識でもなくてすきなことをひたすら書けるかどうかだと思う。それができれば、長文ホワイトホワイトで検索上位表示に成功して一気に稼げるようになる。なのでニートで社畜にバカにされている人は起業してしょうぶするのもありだかんね。ニートなら時間が有り余っているので長文ゴリゴリでもなんでもできるだろうし、ブロガーは天職で唯一社畜戦士たちに勝てる分野じゃないのってかんじてしまうわけだよね。

祖母の普通は就職しから起業するという言葉。

就職して時間を無駄にしているならさっさと起業したほうがいいでしょ。。失敗したら何度でも挑戦すればいいだけだし、経験があっても失敗するときはいくらでも失敗するんだからそう考えるようになってからは、経験を積むっていみあんのかなって本気で思うようになった。経験がないからこそ、変な価値観に支配されていないので、斬新な発想もできるだろうし悪くないとおもうんだけどなあ。。そこは個人の価値観なのでどうこう言える問題ではありませんが。

ホリエモンも社畜が起業してもどうせ経験した業界の二番煎じビジネスばかりやるのでニートみたいに社会人経験がないほうが、誰もやっていないことに挑戦するので成功するといっていたからね。ホリエモンのような成功者がいっているので、これがビジネスの本質なんじゃないのかなと感じるわけです。

社畜は週1休みでも平気なマシーン。

社畜って本当にすごいよなあと、自分がこんだけ働かされていることに対してなんの疑問ももたずに生きているのだから。。疑問をもたないのは楽だけど、幸せではない。疑問を持っていたら精神が破綻させられるくらいの仕事を押し付けられているということにつながるかね。人はあまりにも辛い仕事をすると、余計なことをかんがえなくなって 無心になってしまう傾向があるのはいうまでもないことだけどね。余計なことを考えていいことなんてなんにもないからね。無心でただただ行動するのが一番だったりする。無心になればどんな辛いことにも耐えられるから。いうなれば社畜とは感情を失ってしまったマシーンなのだ。。

社畜はまじでぱねえ。

社畜なんて家族がいたりして守るべきがいないと絶対にできないと思うけどなあ。中途半端な気持ちでできるほど、甘っちょろいもんじゃないよね。家族がいるから逃げ出したら明日から路頭にまよってしまうだとかかんがえてしまうわけで、そういうことをかんがえなければ続かないもんだと思う。だから守るものがない新卒は3年以内でやめていっちゃうわけだよね。結局守るものがある人はどんな苦悩だろうが耐えきってしまうからすげえよと思う。

でも社畜はとてもいきにくくて糞。

僕も大学生のときから本名出して自分でビジネスしていて法人化していたので就活して内定もらったんだけど、その場で本名を検索されて内副業だめだから内定取り消しでといわれた時はまじで頭に来てその会社のことをネットで悪口をかいたら、記事を消せと来て本当に圧力こわすぎとおもったけど。副業禁止とかなめてんよ。ベンチャーなんていつなくなるかわからないのに副業禁止なんかにされたらほんとにたまったもんじゃないよ。。つぶれた後の生活を保障してくれるわけでもないんだからさ。と思ってしまう時点でサラリーマン向きじゃないんだろうなと自分でも多いのですが。僕みたいなタイプは就職せずに自分買って生きていくほうが人生うまくいくタイプなので就職するだけむだだったりするんですけどね。まあでも社会に一度しっかりでてみて、
会社の底辺から取締役までのし上がる人生を経験してみたかったりする。

社畜になれない自分。

僕は割と一つのこと。いいかえれば自分の興味の持ったことをとことん突き詰めて成功しないとすっきりしないタイプなので、やりたいことがある状態で社畜をやっても、やりたいことに本腰をいれたくなってやめてしまう。本当にやりたいこと>金という構図が社畜にむいていないという何よりの証拠なんだろう。

これが欠点かといえばそうでなくて興味のあることならだれにも負けないくらい努力するので、興味のあることさえ見つけられれば社畜に負けない自信もじみにありますからね。

その自信があったおかげで好きなことでがんばって ブログという媒体で飯を食えているわけですから、自信というのはとても大事ですよね。

社会不適合者なのはうすうすわかっていたし、大学時代のころからバイトとかくだらねえ。自分で事業をおこして金稼ぎしてえとおもったせいで、バイトがくだらなくなり、速攻でバイトをやめて自分で事業をするなどぶっとんでいたなあと言う節はすくなからずありましたが。

社畜になってえられるものがくだらねええ。

社畜になってえられる物が家族からの安心、友人からの評価、彼女からの評価しかない。家族から安心されても幸せに離れないし、彼女から評価されたところで人の肩書きしかみていないやつにみとめられたところでwとおもってしまう。。結局、、社畜になってえられる物なんてないんでよ。スキルという目に見えない糞みたいなもんしか。所詮一人の人間のできることなんて限度があるのだからスキルなんてみにつけてもなあと思うことは結構ありますが。
そう思うようになってからスキルを追い求めて社畜にしがみつくのもどうかなと。ビジネスで成功するにはスキル以外にもタイミングも運も必要ですからチャンスがきたらスキルがなくても飛び込むのもありだとおもいますけどね。

ホリエモンだって博之だって就職しないでビジネスをやって成功している。そのことからしてもビジネスで成功するために必要なことを自分のやりたいことをいかに形にできるかどうかだと思うんですよね。

社畜は洗脳されている。
社畜は会社で働いていない人間はゴミで、会社で仕事をすることで人生が充実しすることができると会社に洗脳されている部分はあるよね。洗脳とは恐ろしいもので洗脳されたら最後、会社で働いていないじぶんは価値がないとおもってしまい、会社を辞めるという選択ができなくなってしまい、自分がどう生きたいかもそのうち見えなくなってしまい、ただ飯をくっていきるためだけに死ぬまで働いているマシーンとなってしまう。
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後、
仕事前の日曜日というのはとても憂鬱だ。
それを解決するにはフリーランスかニートになるしかない。

フリーランスやニートになろうと思ったら今もらっている安定をすべて投げ捨てていかなければならない。その選択をする勇気がないから社畜をやってもがき苦しんでいるのだろう。。

かといってフリーランスになっても食っていこうとおもったら一日10時間は仕事をしないと食っていけないので、自由なんてものは存在しないし、下手したら社畜以上に仕事をしなければいけない。なんだかんだいって社畜もフリーランスも結構つらいんだよね。

ニートはニートで収入がないし、将来に未来はみえないわで不安に押しつぶされてつらいし、親が死んだら人生終了のお知らせが待っている。
上記のことから判断しても、人は生きていくためには一生労働をしないといけない。
自由がなくて生きにくいから日本では自殺者が毎年3万人も出ているんだなあといつも思う。
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