青木真也選手は賛否両論あるけれど献血に50回以上行っているし根はいい人。

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青木真也選手は大晦日の試合でアームロックで
廣田瑞人選手の腕を追って中指を立てて
リングを一周してサイコパスだとか言われていましたが、
献血に53回もいくということは
誰かのために何かをしたいという気持ちが強くて、
見返りがなくても誰かのために
動ける人っていうことだから根はいい人。
どんな言動や行動をしていようが、
献血に一回いけば人を一人救っていることになるので、
善人ぶって当たり障りないことしか言わないで
献血にすらいかない人よりは、社会の役に立っているし人として尊敬できる。
僕は、誰にでも優しくて、皆の評価が高い人よりも、
言いたいことをズバッといって、多少、言動に問題があっても、
他人のために動ける人のほうが信用できるし、
自分が困ったときに親身になって助けてくれる人間だと思っている。
僕一番信用できないのは、
一見優しく見えて善人に見えるけど、他人のためには何もしない人。
そういう人というのは皆に好かれるのだけど、
いざというときに自分を助けてはくれないので僕は友達にはなりたくない。
青木真也さんのような多少クレイジーでも他人のために動ける人間と
友達のほうが、自分がピンチの時に助けてくれる人間だと思うから友達になりたいと思う。
後、献血やっているからといっていちいちいばるなとか
献血なんて暇人がいくようなものだという人もいるが、
400ミリリットル血を抜かれると体調が悪くなるし、
暇だからできるような甘っちょろいもんじゃないんだな。
献血は僕の場合だと献血に行った日というのは
一日体調が悪いし、元気なんてない。
それを一度味わってしまうと二度と献血なんかにはいかないと
献血センターから遠ざかってしまう人が多い。
それに打ち勝つっていうことは自分の体調が悪くなろうが、
誰かを救いたいという気持ちの表れだと思う。
そういう気持ちがあるから献血に行けるわけで、
暇だから行っている人なんてごく少数だろう。
青木選手のツイートを見て思ったのは、
健康なのは今だけかもしれないから
献血できるときにしておいて他者を救うために行動する。
自分が交通事故にあって生死の境をさまよったら
誰かの血を提供してもらって自分の命を救ってもらう。
自分が困ったら人に血液を恵んでもらうわけだから、
自分も他者のために血を提供しなければならない。
個人的な偏見かもしれないけれど、
お金を募金することやボランティアをするのは献血に比べたらとても簡単なこと。
献血は人間が生命活動を維持するために必要な血液をただで提供しているし、
血液を抜かれた後は体調がものすごくわるくなる。
要するに自分の命を削って他者を救う行為といっていいだろうね。
後、募金やボランティアで救われる人は生死の境をさまよっていない人。
本当に生死の境をさまよっている人は血液を求めているから。
ボランティアでは救われない人もいるという現実があるので、
健康な人にはどんどん献血に行ってほしいなと思います。
そういうと募金で臓器提供をうけて命が救われる人もいるという人もでてくるが、
臓器提供を受けさせるために募金を集めて自分が助かったとしても、
自分が臓器提供をうけたせいで、
他の臓器提供を受けたかった人は臓器提供を受けれなくなっているわけです。
そして、臓器提供している人は脳死と判定されて命を奪われているという現実もある。
臓器提供は自分が助かる代わりに
誰かが犠牲にならないといけないものなので素晴らしいものではない。

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最後に、
僕の友達で献血に頻繁に言っている人は本当に少ない。
献血センターに行ってみればいつもがらがらで並ぶこともない。
人間というものは大きい見返りがなければ他人のために何かをしようと思わないことが多い。
だからこそ青木真也選手は50回以上も見返りなしで人を救おうと思うなんて、
人としてとても優しい人間で、自分より他者を優先する人間。
格闘技やっている人は少し性格が変わった人が多いけれど、
根はやさしい人が多い気がします。
献血自体もわざわざ体調が悪くなりに行くようなものだから
頻繁に行っているひとはあえて体調が悪くなるのを
楽しみにいくという感じなのかもしれません。

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