猫の命の価値について

猫の命の価値について

猫の知能は人間の子供にたとえると2歳から三歳児程度の知能だそうだ。
知能のレベル=命の価値とするならば猫を虐待しても命を奪った人間は死刑にすべき。
正直人間だって戦場にいけば命の価値なんて紙みたいなものまで低下する。
要するに環境とその場の価値観で命の価値は決定してしまうのである。
猫においては子供並の知能を持っているので虐待されれば嫌だと感じるだろうし、
殴られたりしたら痛いと感じる。
そういう現実を直視しないで人は猫を飼えなくなったら保健所にもっていき
殺処分にしている。
こういう命を軽んじている状況は人間社会でもおきている。
幼い子供の命を奪うということで死刑になった犯罪者は少ないし、
大半が大人が大人の命を奪って死刑宣告されたという事例だろう。
人の社会であっても知能の高さで命の価値が決まっている。
そして人間社会は本当に腐っている。

人は知能の価値を命の価値を一緒にしてしまっている面はあるし、
正直動物を食べる以外の目的で命を奪った場合は極論だけど死刑にするべきだ。
そうすれば保健所に猫を持っていく人もいなくなるだろうし、
保健所も存在しなくなっていく。
それくらいの極端なことをやれば、猫が無意味に命を落とすことはなくなるだろう。

猫だって鳥の命を奪っているわけだから、人間も動物の命を奪っていいというやつが出てくるが、
生きるために仕方なく、命を奪うのと、飼育できなくなったから命を奪うを同列にしてはいけない。

猫という生き物の命を守るために、日本人が、猫を飼育できる余裕がある人は
飼育しなければいけないという義務をつけるべきだと思っている。

それができないなら猫を公園に放して自由に生き刺せればいい。

糞尿をまき散らして迷惑だというキチガイもいるが、
あなたが糞尿に我慢するだけで救われるいのちがあるという現実がある。

猫においてはしつけがなってなくても犬みたいに他者を襲うということがないので
放し飼いにしてもいいのではないだろうかと思う。


しかし一つだけ大きな問題があり、野生の猫は野生の鳥を襲い食べるということが目撃されており、
鳥の生態系に大きな影響を与えることになってしまうということだろう。

鳩の数やカラスの数が激減してしまって絶滅してしまう可能性もなくはないだろう。

これらの問題を解決するには放し飼いではなく、地球全体で猫を飼育するということが求められていくだろうと思う。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク